Mito Tsukino 1st Anniversary

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うずもり .rtf

サムシング・ビューティフル

 この世で最も美しい景色を知っていると美兎ちゃんが自信満々にいうので、それを見るためについていくことにした。
 地面に落ちてる小枝をさくと踏み折りながら、まるでどこかで見た童話みたいだってそんなことを思った。「ヘンゼルとグレーテル?」と前を歩いてるきみが振り向かずに声をかけてくる。うーん、なんか違うんだよな。しっくりこないというか。ヘンゼルとグレーテルが二人で森の中を旅してたことに、目的なんてなかったし。
 首を傾げていると、「……ああ、チルチルとミチル」ときみが言った。それは随分としっくりきたから、うん、そうかも、って返した。
「別に青い鳥を探しにいくわけじゃないですよ」
 ちょっとばかし笑ってきみが言って、それから少し休憩しようということになった。近くにあった大きな木の幹にもたれかかる。二人でふぅと息をこぼして、それが白い煙になって消えた。木の葉っぱは枯れ落ちていて、乾いた空気が頬を撫でた。きみに連れられるままにまっすぐ歩いてきて、もうどこへ来たのかなんてわからない。暑い季節がすぐに過ぎて、いつのまにかこんなに寒くなっていた。冬だなあ、とそんな当たり前のことを思った。
「じゃあ、これからどこへ行きましょうか。……いやいや、そんな顔しないでくださいよ。目的地くらいちゃんと決めてますって。多分。……まあ、うん、ふらふらと、というか。行きたいところに行きましょう」
 きみがあんまりにも気楽な風に言うから、ちょっとばかり困ってしまった。この世で最も美しい景色とやらを見せてくれるって約束じゃなかったの、と尋ねると、ごまかすみたいにきみは小さく笑った。「ああ、まあ、そのうちありますよ。そういうのも」随分と無根拠な発言に、呆れて嘆息してしまう。
 よいしょ、と小さく声を出してどちらからともなく立ち上がって、それからまた冬の道を歩き始めた。ざくざく、ざくざく。疲れて息が荒くなっても膝が震えても、きみがいるだけで不思議と平気だった。平気というか、むしろ目的地の見えない旅は少し楽しくさえあった。
「わたくし、本当の幸せは青い鳥じゃなかったと思うんです」寒さも収まり始めたその日、先に歩くきみが振り向かずに言った。なんの話、と尋ねた。「というか、チルチルとミチルがずっと二人でいたことが幸せだったんじゃないかなって。あるかどうかも分からない幸せを、一人じゃなくて二人で追いかけられたことが、青い鳥なんかよりもずっと幸せだったって、」
 そんなことを思うんですよね。それからしばらくして、ああなに言ってんだろ、って照れくさそうにきみは続けた。
 歩けば歩くほど冬の終わりに近づいて、いろんなことを思い出した。初めてきみを知ったときのこと。見たときのこと。声を聴いたこと。季節が一つ回るというのは思っているよりもずうっとすぐの話で、ああ本当だな、って、ぼそっと口からこぼれた。
「なにが?」
「一人じゃないのが幸せだってこと」
 林を抜けて、ぱっと視界が開けた。さっきまで空すら見えなくて薄暗かったから、反射的に目を細めた。山の下に、平地の景色が広がった。葉についた雪解け水が、太陽の光を反射した。
 この世で最も美しい景色。季節がちょうど回る頃、それはほんとの言葉になっていた。

 じきに冬がおわる。
 春がくる。
 きみのいる二度目の春がくる。